元正天皇

クールな性格で美人だったと伝えられている元正天皇。
しかし夫を迎えることなく、天皇としての役目を全うして生涯を終えました。

第44代 元正天皇(げんしょう)

元正天皇【諡号】 日本根子高瑞浄足姫天皇(やまとねこたかみずきよたらしひめのすめらみこと)
【諱】 氷高(ひだか)
【生没】 680年~748年
【在位】 715年~724年
【在位中の元号】 霊亀、養老
【父】 草壁皇子
【母】 阿閉皇女(=元明天皇。天智天皇の娘)
【陵】 奈保山西陵(奈良県奈良市奈良阪町)

元正天皇即位の経緯

草壁皇子(くさかべのみこ)と元明天皇の娘として生を受けた氷高皇女(ひだかのみこ)。
兄弟で天皇になった文武天皇亡き後、文武天皇の息子である首皇子(おびとのみこ)が幼かったため、母である元明天皇の次に即位しました。
母である元明天皇がら譲位という形で女帝となりました。

ちなみに元明天皇は娘の元正天皇に譲位した後、太上天皇として後見役に回りました。

クールで美しいと言われた元正天皇

35歳、歴代天皇の中でも史上5人目の女性天皇として即位した元正天皇。
器が広くクールな性格で、美貌を兼ね備えた女性だったと伝えられています。
けれども夫を迎えることなく未婚のまま天皇となり、その後もずっと独身でした。

元正天皇時代の出来事

元正天皇時代には多くの政が進められました。

  • 養老律令の編纂
  • 日本書紀の撰上
  • 律令体制が完成間近
  • 三世一身法(開墾地の雌雄が認められる)

三世一身法が発令されてから、公地公民に揺らぎが生まれたと言われています。

元正天皇ゆかりの地・養老の滝

元正天皇は岐阜県養老郡、養老公園内にある「養老の滝」を訪れています。
その光景の美しさを見た元正天皇は、こんな詔(みことのり)を出しました。

「醴泉は美泉なり。もって老を養うべし。蓋し水の精なればなり。天下に大赦して、霊亀三年を改め養老元年と成すべし」

そうして「養老」という元号が誕生しました。

元正天皇

奈保山西陵

元正天皇が眠っているとされるのは、山形形式になっている奈保山西陵(なほやまのにしのみささぎ)。
現在の奈良県奈良市奈良阪町にあります。